脊髄損傷を対象とした世界初の再生医療が臨床使用可能になった。患者自身から採取した骨髄の間葉系幹細胞を培養して増やし、それを静脈内に投与するもの。薬価は1回分1495万7755円と高額だが、単回投与で大半の患者に有効性を示し、完全麻痺の患者でも改善例が確認されている。
2019年2月20日の中央社会保険医療協議会総会で、ニプロの脊髄損傷治療用自己骨髄間葉系幹細胞「ステミラック注」の薬価収載が決定した。同細胞医薬は、再生医療等製品版・先駆け審査指定制度の対象製品として初めて、2018年12月に条件・期限付きで承認されたもの。

表1 米国脊髄損傷協会による脊髄損傷の評価尺度(ASIA機能障害尺度)
今回承認を得た再生医療の適応となるのは、この評価尺度でA、B、Cの脊髄損傷患者。
この治療法を開発した札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所神経再生医療学部門教授で脳神経外科医の本望修氏は、「やっとスタートラインに立てた。全く選択肢がなかった脊髄損傷患者に対して新たな治療法ができたので、その可能性を示していきたい」と抱負を語る。細胞培養施設における注射製剤の供給体制が限られるため、当面は同大のみで治療を実施する予定で、年間十数例ほどの治療数を見込んでいる。
今回の承認と薬価収載について、日本再生医療学会理事長で、大阪大学心臓血管外科教授の澤芳樹氏は、「ステミラック注は、再生医療における先駆的仕事だ。今後、しっかりとした有効性のエビデンスを出し、世界に発表してほしい」と期待する。
患者の骨髄液中の骨髄の幹細胞を増殖して静注
ステミラック注による治療では、脊髄を損傷してから1カ月以内を目安に、患者の骨髄液(約50mL)を局所麻酔下で採取し、同時に採取した末梢血(複数回に分けて総量約960mLを採取)と一緒に培養する。培養は、ニプロの細胞培養施設(CPC)で行う。末梢血から作成した培養液で骨髄液に含まれる間葉系幹細胞(MSC)を増やして注射製剤化する。注射製剤には5000万~2億個のMSCが含まれるという(図1)。

図1 ステミラック注による治療の流れ
患者から骨髄液と末梢血を採取し、ニプロの細胞培養施設で骨髄液に含まれる間葉系幹細胞(MSC)を増やして注射製剤化する。患者には、増やしたMSCを静脈投与する。
医療機関では、この注射製剤を生理食塩水で3倍以上に希釈して、患者に点滴注射する。保険診療で認められている投与は1回限りだ。「骨髄や末梢血の採取は手技的な難易度は高くないし、投与も静注なので、メスを用いる治療に比べて侵襲性・危険性とも低い」と本望氏は言う。
この医師主導治験における当初の目標症例数は30例だったが、13例中12例(92.3%)が主評価項目を達成したため、治験は目標症例を達成する前に打ち切られ、今回の早期承認につながった。ASIA機能障害尺度でBの2例とCの5例は全例が1段階以上の改善を示し、Aの患者も6例中5例が主要評価項目を達成した。

表2 ステミラック注による治療でASIA機能障害尺度が1段階以上改善した症例の割合
投与直前から脊髄損傷後220日目における改善の割合を示す。
医師主導治験を実施した、同大整形外科教授で脊椎脊髄外科を専門とする山下敏彦氏は、「すぐに改善効果が認められた症例が多かったのが印象的だ」と振り返る。投与の翌日から足を動かしたり、車いすを漕ぎ始めたりした患者もいたという。
また、脊髄損傷患者では75%が慢性疼痛を生じるとされるが、visual analogue scale (VAS)で測定したところ、程度は様々ながら全例で、痛みの改善傾向が見られたとのことだ。
現在、6カ月の経過観察期間を超えた患者の追跡調査を続けているが、自動車運転が可能なほど回復した患者もいるという。「細胞投与後数カ月かけて、MSCからの神経系細胞への分化が生じているようだ」と山下氏は分析する。
臨床における最大投与量や速度(1パック最大細胞数5.0×106を1.0mL/分など)に相当する条件下のイヌの毒性試験で有害事象が認められていなかったことから、本望氏は「添付文書に記載されている用法・用量、使用方法を遵守すれば、問題にならない」と説明する。
骨髄間葉系幹細胞による治療メカニズムは?
MSCによる治療効果のメカニズムについて本望氏は、「様々な神経栄養因子の放出、MSCからの神経細胞への分化、元々存在する神経細胞の活性化など、複合的に作用しているのではないか」と語る。
また画像診断では、MRIの特殊な撮像方法である拡散テンソル画像(DTI)では神経細胞の再生が確認できたという。ただし詳細は現在、論文執筆中のため未公開だ。ちなみに、DTIは、水分子の拡散運動に基づき神経の微細な構造の評価を行うもので、神経線維を可視化して定量的に評価できる。
対照群との比較試験はこれから
今回実用化された再生医療は、本望氏が1990年代半ばから研究を重ねた成果だ。本望氏は、1991年より多くの細胞を試し、その中でも、骨髄由来の幹細胞に着目、ラットの脊髄損傷と脳梗塞のモデルへの投与で運動機能の回復に成功した後、神経系細胞に最も適した幹細胞を求めて分画を試みた結果、MSCを選択するに至った。
現在、札幌医大は、脊損患者に対するステミラック注の有効性を確認するのと併行して、慢性期の脊髄損傷患者への適応拡大を狙って準備を進めている。世界初となる脊髄損傷への再生医療が今後、どのような成果を挙げるが注目される。
2019/02/26 日経メディカル